私とSNSとミュージカルと。
私は舞台がとてつもなく好きだ。
ブロードウェイでヒットした大作はいつも社会的な問題を考えさせ、自分を成長させてくれる。ブロードウェイものじゃなくても大好き。
日本の音楽劇やストレートプレイも大好き。
本当は好きな作品名とその理由を全部列挙したいのだけどそうなるとおそらく1作品につき2万字くらい使って書いてしまう自信があるので無難にやめておくことにした。
最近では日本未上演の
「Dear Evan Hansen(ディア・エヴァン・ハンセン、2016年オンブロードウェイ上演)」
という作品に強い興味を持ち続けている。
観劇することが叶っていないのでかれこれ5年程の片思い状態である。
主人公のエヴァンを演じるベン・プラットの歌声がとにかくハマっていて好きだ。
CD音源を買い漁ってことあるごとに聴きまくっている。
エヴァンは社交不安障害を抱えている。
これを知ったブロードウェイ上演当初、
私は「遂にキタ!」という気持ちになった。
メンタルに弱さを抱え定期的にセラピーに通いながらひっそりと日常生活を送っている人物の役だ。
弱さをもった主人公が何かに絶望してさらに崩壊していく様子はこれまでにも色々な作品で描かれてきたかもしれない。
そういったキャラはその不安定さもあいまってか、どこかミステリアスで不敵で、逆にセクシーな要素があったようにも思う。
エヴァンのようにどちらかというと地味でオドオドしたちょっと冴えないキャラは今まで長らく脇役に置かれるポジションだった気がするのだ。
SNS社会と孤独の問題。
自分は本当に社会的に存在しているのか。
このままもし自分がいなくなっても誰かちゃんとそれに気づいてくれるのだろうか。
僕は画面の外からタップして手を振っているよ。
そうすることで誰か気づいてくれるだろうか。
そんな思いを込めてエヴァンが歌いあげる
“Waving Through a Window"がとにかく心を打つ。
そんな目立たないエヴァンも不器用なりに同じ学校のゾーイに恋をする。
そして人と話を合わせるために咄嗟についた嘘から何もかもが変わっていく。
SNSってすごい力を持っているんだなと思う。
精神疾患をもっているが故に起こる「不自然な行動や状態」がある。
エヴァンのように極度の緊張状態に陥り吃音状態になることもあれば、突飛な行動が症状に出ていわゆる「おかしな人」としての振る舞いをしてしまうこともあるかもしれない。
けれど心の中ではいつも思っている。
「そんなつもりじゃなかったんだよ」と。
本当はスムーズになんでもできたらよかった。でも体がそのように反応してしまったんだ。
「普通」を取り繕うための弁明が弁明を呼び、説明の余地がないとそれを人は不快だと感じるだろうし「嘘」と呼ぶかもしれない。
そこを自分なりの言葉を使ってうまく説明できたとき、毎回私は人とのつながりを人生で一番味わえる気がしている。
エヴァンは自身の抱える社交不安障害と付き合うためにセラピーを受けているのだがミュージカルのタイトルはまさにそれに合わせたもの。
セラピーで提案されたのは自分の人生のために、自分にあてた手紙を書くことである。
「ディア・エヴァン・ハンセン…」
と手紙を読み上げることで始まるセリフ語りと音楽。
私にとってのブログもそんな立ち位置に近い。
親愛なる自分にあてたらどんな手紙を書く?
自分によいイメージを持つためにやっていることな気がする。
いつしかそれが物語のように承認欲求と自己顕示欲のためにすり替わってしまうこともあるかもしれない。
でもまた気がつけばいいだけの話だ。
だからエヴァンも自分にあてた正直な気持ちを手紙に書き続けるのだろう。
おりしも、ディア・エヴァン・ハンセンが映画上映化することが決まったらしい。
これはブロードウェイミュージカルで観たかったなぁ、とつくづく思う。
ここがミュージカルオタクのめんどくさいところかもしれない。映画とミュージカルは絶対に別物!と思っている。
真実を伝えれば残るものは自分自身だけになる。
私は本当にそう思う。
映画公開をひそかに強烈に楽しみにしておこうと思う。